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東京高等裁判所 昭和24年(行ナ)10号 判決 1949年12月13日

原告

山崎文言

被告

特許廳長官

主文

特許廳が昭和二十三年抗告審判第二二一号意匠登録事件につき、昭和二十四年四月十九日なした審決を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求めその請求の原因として次のように述べた。

原告(意匠登録出願人、抗告審判請求人)は昭和二十三年一月七日自己の考案にかかる「スプーンの形状、模様の結合」(末尾添附甲図参照)に対し、意匠法施行規則第十條中第七類「スプーン」を「意匠を現わすべき物品」に指定して、特許標準局に意匠登録を出願したところ、右出願は昭和二十三年意匠登録第二九号を以て受理されたが、審査の結果、右出願意匠はその出願前に国内において公然知られた意匠登録第四九九八五号の「スプーン」(末尾添附乙図参照)と類似するから、意匠法第三條第一項第一号に該当し、同法第一條にいわゆる新規な意匠と認めることができないとして、昭和二十三年七月二十九日右出願を拒絶する旨査定した。

よつて原告は右査定を不服とし同年八月十三日抗告審判を請求したが(同年抗告審判第二二一号)昭和二十四年四月十九日請求人たる原告の請求は成り立たない旨の審決をした。

第一、右抗告審決はその理由において、本願意匠と引用の登録第四九九八五号意匠を比較し「両意匠の構成は仔細に観察するときは、その細部において多少の相違するところがあるとしても、なおスプーン全体として観察するときは、両者は外観において著しく類似し別意の意匠的趣味感を与える程度に異るものと認めることはできない」旨説示し、本願意匠の新規性を否定しているが、

一、前記スプーンの形状及び模様は、添附甲図に示すように、スプーンの杷柄の両側を稍扇形の曲線に展開させて、その頭部を三つ山形とし、表面には両側に適応すべく各二條の曲線溝を刻し、且つその両側に接して中央部から頭部に対して、なお夫々一條の曲線を添加し、それ等の溝は恰も山形の谷間を形成せしめている。杷柄の裏面は無模様で、周縁を隆起させて裏山を表現している。

二、一方原審決の引用した登録第四九九八五号意匠は第七類匙を指定物品とし、意匠の名称は金属製匙の模様として昭和五年十二月九日登録されたもので、その意匠権は既に消滅しているが、右匙の形状及び模様は添附の乙図に示すように、匙の杷柄の両側を稍直線的に開いてその頭部を両匠線を以て連結しその表面には両側に近接して各一本の草花の長き茎を対立せしめ、それに短線を施してその断面を表わし、而して茎の根元、即ち杷柄の頭部において三本の細根を施しその上部、即ち匙主体との接続部に茎の若芽の模様を対照し、この下方に麦の穗の模様を表わし、なお右茎の中央部を不連続とし五個のコ型の模様を配置して成るものである(裏面については何等記述がないから不明である)。

三、今、右両者を比較するに、前者は天然の山川を採り、雄大な構図を要素としてこれを模様化し、図案化し、且つ美化して(断面図をも参照)構成されているに反し、後者は地上の一輪の草花を基本とし複雜微細な模様化をはかつたもので、前者からは剛放、簡潔、鋭敏、淸明、スマートな美的感覚を刺戟されるに反し、後者からは繊弱、繁瑣、落付き、沈うつな感情を誘発され、両者の発散する作用は対照的で、全く別意の審美感を与えるものと断定せざるを得ない。

以上のように両者は意匠法上全く別個の観念に属し原審の認定は違法というの外はない。

第二、又原審決は本件意匠登録の出願を拒絶するに当り、意匠法第三條第一項第一号を適用しており、右は本件出願前に引用の登録第四九九八五号意匠が意匠公報上に存在していたことを指すものと解するの外ないが、右意匠公報の存在から直ちにその意匠を表現した匙の実物が、右第一号の規定するように本件出願以前に「公然知られ若しくは公然用いられた」と断定するを得ないのである。何となれば意匠登録を受けてもこれを実施しない場合が多数存在するからである。要するに原審決は同項第二号を適用すべきに拘らず、誤つて第一号を適用したもので明らかに違法である。

よつて以上の理由により原審決の取消を求める。

被告指定代理人は原告の請求を棄却するとの判決を求め、原告の主張事実中本件出願の意匠と登録第四九九八五号の意匠が全く別個の考案に基くものであること及び原告がその事由として陳述している事実は否認する。その他の事実はこれを認めると答弁した。

証拠として、原告訴訟代理人は甲第一乃至第二十六号証(第二号証以下写)を提出し、被告指定代理人は甲第一号証の成立並びにその他の甲号各証の原本の存在及びその成立を認めた。

理由

原告がその考案にかかる「スプーンの形状、模樣の結合」に対し意匠法施行規則第十條中第七類、「スプーン」を「意匠を現わすべき物品」に指定して意匠登録を出願し、これに対し、原告主張のような拒絶査定があつたこと及び原告が抗告審判を請求したところ原告主張のような審決があつたことは当事者間に爭がない。

よつて、本件出願の意匠と原審決の引用する登録第四九九八五号意匠の異同について判断するに、成立に爭のない甲第一号証の甲図(意匠登録願添附図面)と原本の存在及びその成立に爭のない甲第二十六号証(意匠登録第四九九八五号公報図面)を比較考察するときは、両者の形状及び模様が原告が請求原因の第一の一、二において主張したところと略同一であつて、即ち本願意匠の考案要旨はスプーンの把柄の頭部を三つ山形とし把柄の両側に平行に二條の溝を刻し、且つその中央部より頭部にかけて一條の溝を附加し、把柄の裏面は無模樣とし周辺を隆起させて成るスプーンの形状、模樣の結合にあり、又登録第四九九八五号意匠は匙の把柄の頭部を山形とし、頭部左右に三本の溝を外側に向けて施し、把柄の両側に二條の溝を刻し、その内側の溝には細粒を併列させ、把柄の中央部両側に五個のコ型の模樣を対照に施し、その下に麦の穗のような模樣を現わし、溝の末端、即ち匙主体との接続部に若芽の模樣を配して成る金属製匙の模樣に存することが認められる。從つて両者はその細部において幾多の相違点を有するのみならずその結果として前者からは、素朴、淸楚、簡潔、鋭敏且つスマートな印象を受けるに反し、後者からは繊弱、繁雜、落付き、冷靜且つ沈着な印象を受け、両者は全体として観る場合に全く異る審美的且つ趣味的感情を誘発するものと言わざるを得ない。元より右二個の意匠を現わすべき指定物品が相類似することは明らかではあるが、本願意匠の考案がその細部について観察する場合にも、或はスプーンの全体として観察する場合にも、引用の登録第四九九八五号の意匠と別異に観念すべきものであることが前敍の如くである以上両者は夫々独立して意匠権の対象となり得るものであるから、原審決が本願意匠を意匠法第三條第一項第一号に該当するものとして、その新規性を否定し、原告の抗告審判の請求を排斥したのは、既にこの点において失当である。

よつて爾余の爭点に関する判断を省略し、原告の請求を認容すべきものとし特許法第百二十八條の五第一項民事訴訟法第八十九條を適用して主文の通り判決する。

意匠登録第49985号

<省略>

出願人 山崎文言

代理人 小野善次

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